スピーチロックをなくすには?厚生労働省の「身体拘束ゼロへ」の取り組みから考えてみた
現在、介護現場では「スピーチロック」に対する問題意識が高まってきており、色々な取り組みを行っています。
- スピーチロックの基礎知識
- スピーチロックをなくすには何が必要であるか?
本記事では、以上の内容を厚生労働省の「身体拘束ゼロへ」の取り組みから、現役介護職が考察していきます。
スピーチロックとは?
介護現場におけるスピーチロックは、声かけにより利用者様の行動を抑制することです。
しかし、実際に声かけしている職員に自覚がないことも多く、改めてスピーチロックへの意識が高まっています。
スピーチロックによって利用者様の事故を防いでいる現状もあり、明確な線引きが難しいのが現状です。
まずは何がスピーチロックなのかを、職員一人一人が理解することが大切と言えます。
スピーチロックは身体拘束の一つ
スピーチロックは実際には身体に触れていませんが、言葉を使って利用者様の行動を抑制していることから、身体拘束の一つとして認識されています。
さらにスピーチロックは、身体的な面だけでなく精神的な拘束にもあたり、利用者様のメンタル面にも大きく影響しています。
利用者様が動くことで転倒などの事故のリスクはあります。
しかし、行動を抑制することによる精神面の拘束は、それ以上にリスクがあると考えられています。
スピーチロックによってすぐに行動を抑制するのではなく、まずは利用者様の気持ちに寄り添う声かけが大切になってきます。
身体拘束にあたる3つのロック
介護現場では、身体拘束に当たる以下の3つのロックがあります。
- フィジカルロック
- ドラッグロック
- スピーチロック
フィジカルロックは、体を縛るなど物理的に動けなくすることです。
ドラッグロックは、薬を必要以上に多く飲ませたり、合わない薬を与えることで、行動を抑制することです。
上記3つの中で、誰もが知らず知らずのうちにしているのが「スピーチロック」であり、利用者様に与える影響を知ることや、スピーチロックを減らすのはどうするべきかを話し合うことが必要です。
1分で登録OK
ケアきょう求人・転職の無料相談身体拘束は原則禁止である
3つのロックからも分かるように、介護現場ではさまざまな身体拘束が行われており、中には職員が無意識にしている場合もあります。
しかし厚生労働省は、身体拘束は原則禁止であり、やむを得ない状況のみ許可するといったルールを明示しています。
ここでは、厚生労働省が示している身体拘束に関するルールを分かりやすく解説していきます。
厚生労働省が明示している禁止内容とは?
厚生労働省は、緊急やむを得ない状況を除いては身体拘束は原則禁止としています。
さらに介護現場での虐待事例の増加を踏まえ、2018年には新たに以下3つのルールが追加となりました。
- 身体的拘束等の適正化のための対策を検討する委員会を3月に1回以上開催する
(その結果について職員全体に周知徹底を図る) - 身体的拘束等の適正化のための指針を整備する
- 身体的拘束等の適正化のための研修を定期的に実施すること
参考:厚生労働省「平成30年度介護報酬改定の主な事項について」
また対象施設が追加されたり、ルール違反時の介護報酬減算額の増加などの変更もありました。
身体拘束が許されるやむを得ない状況とは?
先述でもあった厚生労働省が示している、身体拘束を認められる「緊急やむを得ない」とはどういった状況でしょうか?
具体的な条件3つは以下になります。
- 切迫性:利用者本人または他利用者等の生命または身体が危険にさらされる可能性が著しく高い
- 非代替性:身体拘束その他の行動制限を行う以外に代わりとなる介護方法がない
- 一時性:身体拘束その他の行動制限が一時的なものである
以上3つの条件を満たした場合のみ、身体拘束が一時的に認められています。
もちろん、ご家族の同意やその間の様子ややむを得ない理由の記録は必須です。
身体拘束を自己判断で実施してはいけない
利用者様の生命に危険が及び、どうしても身体拘束をしなければいけない状況にあうこともあるでしょう。
その場合、一時的に身体拘束を自己判断ですることになります。
しかしその後は、一度身体拘束を解除し、他に対応可能な介助方法があるかを話し合う必要があります。
身体拘束は職員一人の判断で決めることなく、施設全体で話し合いの場を設け、必要であればご家族の同意を得たり、いつからどのような身体拘束を実施するのかを、きちんと情報共有することが重要です。
厚生労働省が掲げる身体拘束ゼロの取り組みと現状
介護保険が始まる2000年から身体拘束は原則禁止となりましたが、それ以前は介護施設での身体拘束が当然のように行われていたのが実情です。
ここでは、2000年に厚生労働省が開催した「身体拘束ゼロ作戦推進会議」から、身体拘束ゼロへの取り組みと現状を見ていきましょう。
参考:東京都福祉保健局「身体拘束ゼロへの手引き」
身体拘束はなぜ問題なのか?
身体拘束は主に以下3つの弊害をもたらします。
- 身体的弊害(関節の拘縮や筋力低下など)
- 精神的弊害(不安や怒り、屈辱など)
- 社会的弊害(介護施設に対する社会的不信など)
利用者様の生命を守るために行うはずの身体拘束が、以上のようなリスクとなって逆効果になっているケースもあります。
そのため職員一人一人が、身体拘束は当たり前ではないということを認識し、利用者様本人にとって最適な介護を見つけていくことが重要です。
身体拘束ゼロは不可能なのか?
利用者様の安全のためにも、やむを得ず身体拘束をする必要が出てきます。
では利用者様のリスクを考えると、身体拘束をゼロにするのは不可能なのでしょうか。
これは大きな誤解です。
例えば、転倒する危険が高い利用者様をベルトで椅子に固定して立てなくすれば、転倒する心配はなくなります。
しかし、それによって先ほど説明した「3つの弊害」をもたらします。
ここで大事なのは以下の2点です。
- 転倒する際の立ち上がりや歩行に対する原因分析
- 手すりなどを付けるなど転倒防止の環境づくり
分析の結果、立ち上がる時間がトイレへの意思表示だと分かれば、前もってトイレ誘導をしたり、トイレまでの手すりを追加して導線を確保するといった取り組みができます。
このように身体拘束ではない適切なケアを見つけていくことが非常に重要です。
身体拘束ゼロに向けてまず何が必要?
身体拘束ゼロに向けて重要なのは、以下の5つの方針です。
- 施設のトップが決意をし一丸となって取り組む
- 職員全体で議論し共通の意識を持つ
- 身体拘束を必要としない状態を目指す
- 事故の起きない環境の整備と柔軟な応援態勢の確保
- 常に代替ケアを考え身体拘束は極めて限定的にする意識
特に3番目の方針は、利用者様への不適切なケアや、心身の状況を見極められていない場合が考えられます。
- 介助の方法や声かけは適切であるか
- 不安や孤独を感じていないか
- 体の痛みや不快感はないか
- 意思表示を汲み取れているか
- 温度や明るさ、音などの環境面は適切か
また自治体の「身体拘束相談窓口」の設置など、施設単位ではなく地域全体で取り組んでいくことが大切です。
身体拘束なしでケアを行うための3つの原則
身体拘束はあくまで最終手段であることを認識し、身体拘束を必要としないケアを考える必要があります。
そのために大切なのが以下の3点です。
- 身体的拘束を誘発する原因を探り除去する
- 5つの基本的ケアを徹底する
- 身体拘束ゼロをきっかけに「より良いケア」を実現していく
- 起きる(人間らしさを追求する第一歩)
- 食べる(人生の楽しみで心身ともに健康で生きるための条件)
- 排泄する(なるべくトイレでの排泄が理想的)
- 清潔にする(定期的な入浴や整容など)
- 活動する(レクレーションや散歩など)
利用者様一人一人にあったケアの実現が、身体拘束をなくすための土台となっていくでしょう。
身体拘束ゼロに向けた取り組みの効果は?
それでは身体拘束ゼロに向けた取り組みの効果はどうだったのでしょうか?
静岡県の事例をもとに見ていきましょう。
以下、静岡県が実施した身体拘束の実施状況に関するアンケート結果です。
参考:静岡県「令和元年度身体拘束に関するアンケート調査結果」より作成
2000年(平成12年)に厚生労働省が実施した「身体拘束ゼロ作戦推進会議」以降、確実に減っていることが分かります。
それでもまだ、身体拘束が行われているのが現状です。
今すぐゼロにすることは難しくても身体拘束は利用者様に大きな弊害をもたらすという意識を、すべての介護従事者が持つことで、不要な身体拘束を増やさないことが重要と言えるでしょう。
まずはスピーチロックをなくすことが重要
ある医療法人から学ぶ改善例
身体拘束ゼロに向けて重要なのは「スピーチロック」をなくすことです。
なぜなら、スピーチロックは誰もが無意識にしている場合が多く、最も身近な身体拘束だからです。
そしてスピーチロックをなくすことが、利用者様のより良い生活の実現に不可欠と言えるでしょう。
ここでは、とある医療法人の介護老人保健施設が、スピーチロック廃止に向けて取り組んだ内容をご紹介していきます。
参考:医療法人いつき会「スピーチロックの廃止に向けて」
スピーチロックに対する職員の意識は?
この施設ではまず、職員に対してスピーチロックに関するアンケート調査を実施しました。
内容は以下のようなもの。
- スピーチロックについて知っているか?
- 拘束にあたる言葉を使っているか?
- スピーチロックをなくす活動についてどう思うか?
などです。
アンケートの記述部分には、以下のようなことが書かれていました。
- 自分も他の職員もスピーチロックを使っていることに気づいているが仕方ない部分もある
- のんびりと悠長なことを言ってると事故が起きるので、スピーチロックをゼロにするのは難しい
- どうしても対応が難しい時に「ちょっと待ってください」と伝えるがそれもダメなのか?
- 利用者様に対する声かけ以外にも普段何気なく使っている言葉から見直してみるものいいのではないか
- スピーチロックをなくす取り組みは、職員のモチベーションや質の向上につながると思う
アンケートを実施することで、施設全体でスピーチロックを知らないうちに使っていることや、どうすれば減らせるのかといった考えを持つきっかけになります。
スピーチロック改善への具体的な取り組み
アンケート実施後は身体拘束廃止委員会で話し合い、次のような取り組みを開始。
- 言葉かけ事例集の作成
- スピーチロックの定義を明文化
- 施設としてスピーチロックをなくす宣言
- 定期的に検討や見直しの場を設置
言葉がけの事例集では「ちょっと待って」ではなく「どうされましたか?」と質問系にして、なぜ待っていただくのかを説明するといった内容を施設内の見える場所に掲示しました。
また施設として宣言する際には、言葉だけでなくポスターなどを使用し、視覚的にも訴え浸透させるという取り組みを図りました。
そして取り組みが上手くいった場合でも、定期的にスピーチロックについて話し合う場を設けることで継続的なスピーチロックゼロが実現できます。
言葉が変われば行動が変わり気持ちが一つになる
介護現場は日々慌ただしく、何かを改善することは容易ではありません。
しかし難しい状況の中でも「一歩踏み出してみよう」という勇気が必要です。
スピーチロックをなくすためには、施設職員が一つとなり、まずは的を絞った言葉の改善を図ることで職場の雰囲気を変えていくことが重要です。
そうすれば、何気なく使っていた言葉の拘束の違和感にも気付けるようになります。
そして現場の介護職員だけでなく、管理職や介護以外の職員も歩調を合わせ、スピーチロックゼロへの方向性と信念を持って進むことが大切になってくるでしょう。
スピーチロックがなくならない要因は?
スピーチロックは言葉の身体拘束です。
物理的な身体拘束は厚生労働省によって禁止されていますが、スピーチロックには明確な定義もなく、実際の介護現場ではよく使われています。
ではなぜスピーチロックはなくならないのでしょうか。その理由を3つ挙げてみました。
現場の介護職の不足
まず一つ目が「介護職の人材不足」です。
十分な人員が整ってない状況で、多くの利用者様を対応しなければいけません。
そのため職員に余裕がなく、利用者様の行動を制限することで、事故のリスクを下げているのが現状です。
例えば少しでも事故のリスクを回避するため、立ち上がる利用者様に「ちょっと待って!」「動いたらダメ!」といったスピーチロックを無意識のうちに行っています。
また介護職のストレスが原因で、スピーチロックにつながっている場合も考えられます。
▼関連動画
利用者様の要介護度の悪化
スピーチロックが増える原因として、利用者様の要介護度の悪化が挙げられます。
特に認知症の進行と、歩行状態の衰えにより転倒リスクが上がると、どうしても「立たないで!」「ちょっと待って!」といった声かけが増えていきます。
介護職員の不足と重なることで、より言葉の拘束が出やすくなるため、それによってさらに利用者様の介護度が悪化することも懸念されます。
先述でもお伝えしたように、施設全体での意識改革や今できる取り組みを、コツコツ継続することが重要と言えるでしょう。
接遇面の乱れによるもの
スピーチロックは接遇面と大きく関係しています。
スピーチロックの中でよく出る「ちょっと待って!」「座って!」などは、いわゆるタメ口にあたり接遇面においては不適切です。
普段から接遇面を意識していれば、転倒リスクの高い利用者様が立ち上がった際でも「どうしましたか?」「お手洗いですか?」など、相手の気持ちを汲み取る関わりが自然とできるようになるでしょう。
▼関連動画
スピーチロックがもたらす悪影響とは?
最後に、スピーチロックがもたらす悪影響について解説します。
スピーチロックは利用者様はもちろん、介護職員や施設全体にも悪い影響を与えてしまいます。
何気なく使っている言葉の拘束によって、色々なデメリットがあることを理解しておきましょう。
利用者様のメンタルやADLの低下
スピーチロックは利用者様の行動を制限するため、意欲の低下につながる可能性があります。
私たちでも何かしようとした時に、いきなり「ダメ!」と言われれば凹みます。
利用者様は、慣れない施設での生活も送る中で行動を否定されれば、より精神的に不安定になるでしょう。
また、本当は歩ける利用者様でも転倒リスクがあるという理由で、スピーチロックによって歩く機会を奪われています。
そのため、精神面以外にADLが低下することも考えられます。
職員の介護技術の低下
スピーチロックによって本来するべき支援をしないことで、職員の介護技術が低下することも考えられます。
例えば、以下のような支援を必要とする場面でのスピーチロックがあります。
- トイレに行きたい利用者様に「コケるから座って」と言う
- 掃除を手伝いたい利用者様に「危ないからやめて」と言う
- 起きたい利用者様に「まだ寝てて」と言う
などです。
本来はトイレに行きたい気持ちを汲み取ったり、危なくないように一緒に掃除をするといった対応が望ましいはずです。
しかし、たった一言のスピーチロックが支援の機会を奪っていることを知っておきましょう。
施設全体の雰囲気が悪化
先ほども触れましたが、スピーチロックは接遇面の乱れも関係しています。
そして接遇の中でも特に言葉遣いの部分は、施設全体の雰囲気にも大きく影響します。
前向きな言葉遣いだったり、丁寧でやわらかい口調の声かけをすることで、施設全体が和やかになります。
逆にスピーチロックのような否定的な言葉が飛び交う施設は、利用者様や職員の表情も暗くなり、施設全体にマイナスの空気が流れてしまいます。
言葉遣いを改善するだけでもスピーチロックを減らす取り組みになりますし、施設全体の雰囲気も良くなっていくでしょう。
まとめ
今回は、厚生労働省の「身体拘束ゼロへ」の取り組みから、スピーチロックをなくす取り組みについて解説しました。
スピーチロックは直接的な身体拘束ではないですが、利用者様に大きな影響をもたらします。
また、スピーチロックが結果的にフィジカルロックになっていることもあります。
本記事の内容を参考にまずはスピーチロックをゼロにして、その先の身体拘束ゼロを目指しましょう。
それが利用者様にとっても職員にとっても、快適な施設の実現につながることを願っています。
1分で登録OK
ケアきょう求人・転職の無料相談